雑記録

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その他は色々な事を…
▼ 鉄道路線駅名由来〜小田急編
[ 日記・ひとりごと ]
花粉症でなかなか外にでられなくなった・・・
それで日中暇だったのでいろんな路線の駅名を見ていたら、
小田急路線が目に留まった。


その中からいくつか取り上げると・・・


 中央林間・南林間・東林間

戦前より林間都市計画とやらがあり、小田急が計画したのだけど
戦争で小田急が東急に買収されて頓挫。結局戦後に再び小田急と
なったが、先に東急の田園都市計画が進んだらしい。
その名残で林間の地名が残ったとさ・・・


 町田

以前は国鉄が原町田で先に開業していたので、小田急は新原町田
駅で開業。その後、街が発展してきたので都市の頭の名に原が
付くのはおかしいでは?という意見で町田に。
その後、国鉄も町田になったが、国鉄の方の名前変更には国鉄
幹部が難色を示したので、当時の町田市長の尽力があって実現
したそうだ。
ちなみに小田急線内で町田駅の一日乗降客数は新宿に次いで2位!!

 
 相武台前

開業当時は座間駅。戦前に陸軍士官学校が出来たので士官学校前に
駅名変更。そして昭和天皇がこの士官学校の地名に「相武台」と
名付けたので駅名も相武台前となった。
戦後士官学校跡地は米軍キャンプ座間になったのだが、相武台の
名前が付かなかったのは昭和天皇が名付けたので控えたらしい。


 座間

開業当時は新座間駅。その後小田急が向ヶ丘遊園に続く遊園地を
計画し、座間遊園と変更。だけど・・・戦争状況の悪化に伴い遊園
地計画は頓挫。駅名から遊園が消えて座間になった。


 海老名

大昔にはこの地域も海で海老が居たであろうという事で地名となり、
駅名となったそうだ。


 鶴巻温泉

開業当時は鶴巻駅。温泉組合の要望で鶴巻温泉となったが、戦時中
の旅行やレジャーは控えさせるために温泉がとれて鶴巻になる。
戦後に再び温泉がついて鶴巻温泉となった。
*バスの方向幕が鶴巻駅なのは戦時中の名残らしい。


 東海大学前

開業当時は大根(おおね)駅。(だいこん)と間違われたりするので
東海大学キャンパスの設置により東海大学前。
実際に歩くとわかるけど・・・ぜんぜん大学前なんかじゃないっす。


 秦野

開業当時は大秦野(おおはたの)駅。以前から軌道路線に秦野がある
ので大が付いた。住民からの要望で地域内で呼ばれている(はだの)
と言ってほしいとの事で、(おおはだの)になった。
その後軌道路線がなくなり、しばらくしてから秦野(はだの)に。


これらの駅以外にもいろいろある。
見たくなったらウィキペディアにジャンプしよう!!
author : とらすけ | 19:45 | comments(0) | - |

















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